「子供には最高のものを」世界中に創造する楽しみを与える「LEGO」社の歴史

COLUMN

こんにちは!「LEGO買取センター」買取サポートチームの青木です。

世界中で「その名を知らない人はいない」ほど有名なおもちゃのレゴ。
ただ、レゴ好きでも創業からの歴史について知っている人は意外に少ないと思います。
この記事を読んで、レゴ社の歴史について知ってもらい、レゴをもっと好きになっていただければ幸いです。

創業そして玩具メーカーへ転身

全てはここから始まった~オーレ・キアク・クリスチャンセン~

レゴ社の創業者であるオーレ・キアク・クリスチャンセン(以下オーレ)は1891年にデンマークで生まれました。
後に木工所を購入するレゴ社創業の地「ビルン」にほど近いフィルスコフ近郊のオンブラという地区です。
家庭が貧しかったため、オーレは物心ついたころから、羊の世話など家事手伝いを行っていました。
当然、おもちゃなど買ってもらえるはずもなかったため、木を加工して自分でおもちゃを作っていました。
大きくなってからは大工として働くようになり、海外へ出稼ぎに行くこともありました。
オーレは出稼ぎで得たお金を元に、1916年デンマークのビルンの木工所を購入しました。
この頃「Kirstine」という女性と結婚して子宝にも恵まれました。

度重なる災難

木工所では家や家具などの建具作りをおこなっていました。
事業は順調に思われましたが、オーレが33歳になる1924年に木工所が全焼してしまいます。
原因は息子たちのマッチ遊びだったそうです。
オーレは相当なショックを受けましたが、それをバネにして以前より大きな工房を建てています。
大きな工房でしたので、余ったスペースは間貸ししていたそうです。
再起を胸に働く、オーレに再び試練が訪れます。1929年の「世界恐慌」です。
大恐慌のあおりを受け、激減する大工仕事のかわりに生活雑貨などを作っていましたが、経営状況は倒産寸前でした。
さらに1932年に最愛の妻の死という最悪の状況に見舞われてしまします。

「子供には最高のものを」木製玩具メーカーへ

大不況の中、1932年オーレは息子のゴッドフレッド・キアク・クリスチャンセン(以下ゴッドフレッド)
とともに、木製玩具の製造販売をスタートしました。
きっかけは、生活雑貨や家具の材料の余りを使って作った手作りの木のおもちゃです。
初めは自分の子供用に作ったものでしたが、試しに販売したところ思った以上に売れたのです。
しかしながら、玩具メーカー転身直後は経営が厳しく、一族から借金をして工房を維持する状態でした。
ただ、当時も「可能な限り高品質の玩具をつくる」という彼独自の基準を守り続けました。

「よく遊べ」LEGO社へ改名

1934年、オーレは従業員から社名を募ります。賞品はワイン1本でした。
選ばれたのはご存知の通り「LEGO」です。
これはデンマーク語で「よく遊べ」の意味の「LEgGOdt」を縮めたものです。
発案はオーレ自身でした。
おもちゃで「よく遊ぶ」ためには壊れない丈夫なものでなければなりません。
それが彼の「子供には最高のものを」という想いに繋がっていったのでしょう。
社名変更から2年後の1936年にオーレが「子供には最高のものを」というモットーを考案します。
このモットーは今現在もレゴ社に根付いています。

当時の木製玩具

当時の木製玩具は多岐にわたっていました。
カラフルな文字や数字でアルファベットの練習ができるブロック。
動物の形をしていて、転がすと動物の体の一部が動く引き回し玩具。
大小さまざまな形の自動車など。
いずれもオーレの品質基準をもとに彩色・製造がされ、好評を博しました。
また、1930年代後半から技術専門学校で学んだゴッドフレッドが玩具のデザインを始めました。

レゴブロックが誕生するまで

レゴの祖先~オートマ・ビンディングブロック~

1947年、オーレは当時新素材だったプラスチックを製造する機械をイギリスから購入しています。
機械の値段はレゴ社の年商の15分の1に相当する金額で、ゴッドフレッドならびに従業員は猛反発しました。
しかしオーレは試行錯誤を繰り返し、1949年に「オートマ・ビンディング(自動結合式)ブロック」が完成しました。
完成したブロックはブロック同士を連結させるチューブはありませんが、窓やドアをはめ込むことができました。
1953年に現在の「レゴブロック」に改名されブロックひとつひとつの「LEGO」の文字が刻まれました。
ただ、完成当時のブロックは約200種類あるレゴ社の玩具のほんの一部にすぎませんでした。

ブロック以外のプラスチック製品

オーレが導入したプラスチック技術により、レゴ社は今までにない精巧な玩具を作れるようになりました。
中でも自動車のプラスチック玩具が男の子達に大人気でした。
1952年に発売された「ファーガソン トラクター」は初期のレゴ社で最も成功した商品と言われています。
トラクターの精巧なプラスチックの型を作るのに、本物のトラクターが一台買えるほどコストがかかりましたが、
発売初年度で75,000台も売れる大ヒット商品になりました。
この商品の利益のおかげで、売れるかどうかわからないプラスチック製ブロックの開発に投資できたと言われています。
大きなリスクを負って導入したプラスチック製造技術でしたが、1951年にはレゴ社の半数がプラスチック製になりました。

当時のレゴ社のトピックス

1942年:火事で工房とオーレの全ての作品が焼失
1947年:イギリスからプラスチック成形機購入
1949年:オートマ・ビンディング・ブロック開発
1950年:ゴッドフレッドがレゴ社の常務取締役に任命(当時30歳)
1952年:ファーガソン・トラクター発売
1952年:ブロック連結用の10×20ポッチ(ブロック上部の突起)のビルディング用基盤を発売
1952年:レゴ社の新工場を建設
1953年:オートマ・ビンディング・ブロックをレゴブロックに改名
1954年:「LEGO」の名称がデンマークで商標登録される

ゴッドフレッドの着想~レゴシステム~

当時レゴ社の常務であったゴッドフレッドは同業者との会話で、玩具に足りないものに気づかされます。
それは「システム」です。※簡単に言うと逆に難しいですが、玩具同士の繋がりだと筆者は解釈しています。
彼は自社の製品に「システム」を取り入れるプロジェクトをスタートする決意をします。
そこに白羽の矢が立ったのが「レゴブロック」だったのです。
翌1955年には28種類の組み立てセットと8種類の乗り物からなる「レゴ タウンプラン」を発売します。
タウンプランは子どもたちが新しいセットを加えるたびに、自分の街をより大きく充実させることができます。
そこには各パーツはほかのどのパーツとも連結させることができ、「ブロックの数とともに組み立ての可能性も増えていかなければならない」という「レゴシステム」の思想に基づいています。

現在に続くレゴブロック誕生「スタッド・アンド・チューブ連結システム」

1957年、ゴッドフレッドの「レゴシステム」により組み合わせが重要になったレゴブロックは更なる進化を遂げます。
それが「スタッド・アンド・チューブ連結システム」です。
そのシステムは空洞になっていたブロック底面にポッチをはめ込む円筒を設けるというものです。
これにより組み立ての安定性、可能性が格段に向上しました。
翌1958年の1月28日には特許を出願しています。
こうして現在まで続くレゴブロックの形が完成しました。
1963年には原料が酢酸セルロースからABS(アクリルニトリル・ブタジェン・スチレン)に変更されました。
これにより変形、変色、熱に対して強くなりました。

レゴブロック完成後のレゴ社の歴史

1960年代~災難からの決断~

ゴッドフレッド式「レゴ システム」のおかげで独自性を持つ玩具メーカーに成長したレゴ社。
しかし世界へ手を広げるまでの道のりは容易ではありませんでした。
そんな1960年代はテーマパークのオープンや未就学児のためのブロックの開発など企業努力を重ねていきます。

3度目の火事

1960年、レゴ社は木製玩具の工房が焼失する火事に見舞われました。
しかし幸いにもブロックの製造設備は無事でした。
この火事をきっかけに木製玩具の製造販売を中止し「レゴブロック」を製造の主力にする決断が下されました。

レゴランド第1号オープン

1968年6月7日、レゴ社の創業の地であるデンマークのビルンにレゴランドの1号店がオープンしました。
「創造する楽しみを世界中に伝える」という目的のもとレゴの名を家庭に浸透させる大きな役目を果たしました。
オープン初年度で60万人以上の人が訪れました。

デュプロシリーズ発売

1969年、幼児のためのレゴ「デュプロ」シリーズが全世界で発売されました。
デュプロとは「2倍」という意味です。
実際に従来のレゴの縦・横・高さすべてが2倍になっています。
大きくすることで、誤飲防止や持ちやすさアップにつながっています。

1970年代~広がるレゴの世界~

1970年に入ると、レゴ社の製品は「老若男女を満足させる」を最大の目標として開発されます。
それとともにブランドロゴが統一されました。
今ではおなじみの「ミニフィギュア」や「プレイテーマ」が誕生したのもこの年代です。

新ロゴマークに統合

1973年、レゴ社の全製品とブランドは新しいロゴマークに統合されました。
皆さんご存知、赤い背景に白文字で黒い輪郭、その外側に黄色の境界線があるものです。

ミニフィギュア発売

ミニフィギュアが発売されたのも1970年代です。
1974年にブロックの胴体に丸い顔と動く腕がついた初のミニフィギュアが発売され人気を博しました。
1977年にはブロックと人形のセットがデュプロシリーズから発売されました。
そして1978年に表情があり手足が動く、現代版のミニフィギュアが発売されました。

みんなのレゴブロックへ

1971年、人形の家や家具など女の子向けのセットが発売しました。
1975年にはベテランレゴビルダーのためのエキスパートシリーズが発売されました。
1979年には幼児向けのファビュランドシリーズが発売されました。
このようにレゴは男の子だけのブロックだけでなく、世界中のあらゆる人を満足させるために進化していくのです。

1980年代~未来を組み立てる~

1980年代になると、教育、テクノロジー、国際的事業に力を注ぐようになります。
学校教材用セット、レゴ組み立て大会の開催、光や音を使った製品の開発などです。
さらにはテレビCMへの露出をスタートしその地位を不動のものとしていきます。

教育分野へ

1980年に、教育玩具部門が開設されました。
この部門では教育の専門家のアドバイスを受けながら様々な教材の開発に取り組んでいます。
1982年には「デュプロ モザイク」や「レゴ テクニック」といった教育に役立つシリーズが開発されました。
1986年にはレゴテクニックのコンピューターコントロールが学校教育に導入されました。
これら教育分野での貢献は「子供には最高のものを」という原点に立ち返ったものと言えるでしょう。

国際的な活動

1984年世界初の「レゴ ビルディング競技会」が開かれました。
1988年には「レゴ ビルディング ワールドカップ」が開催されました。
同年にはイギリスで「レゴ アート」が開催され、レゴを起点とした世界的コミュニティーは広がっていきました。

1990年代~チャレンジし続ける~

1990年代はレゴ社にとって大きな挑戦の時期になりました。
すでに世界有数のおもちゃメーカーになっていたレゴ社ですが挑戦の手を緩めませんでした。
専門店のオープンやテレビゲーム、ライセンス商品の開発です。

コンピューターゲーム発売

1997年、コンピューターゲームの「レゴ アイランド」がリリースされました。
内容は「レゴアイランド」を舞台にした3Dアドベンチャー・ゲームとなっています。
日本でも同年末に発売されています。

ライセンス商品

1999年にはレゴ社でライセンス商品が生まれた年です。
「くまのプーさんと楽しい仲間」と「レゴ スターウォーズ」です。
特に後者は映画とともに大ヒットとなり、後のライセンス商品発展の足がかりとなりました。

2000年以降~新世界へ~

21世紀に入ってもレゴ社は成長を続けています。
数多くのライセンス商品の開発、テレビゲームの制作、映画の公開などです。
私たちは今、生活のありとあらゆる場面でレゴを目にしています。

2000年:英国玩具小売業協会がレゴブロックを「20世紀最高の玩具」に選ぶ。
〃      :騎士の王国「ナイトキングダム」シリーズが発売される。
2002年:「レゴ スパイダーマン」が開発される。
2003年:アクセサリーを組み立てる「レゴ クリキッツ」シリーズが発売される。
2005年:「レゴ スターウォーズ」のテレビゲームが発売され好評を博す。
2006年:日本の漫画やアニメにヒントを得た「レゴ エクソフォース」シリーズがスタートする。
〃   :「レゴ スターウォーズⅡ」のテレビゲームが発売される。
2007年:テレビゲーム「レゴ スターウォーズ コンプリート サーガ」で映画全6作のブロック版がプレイ可能に。
2008年:「レゴ バットマン」と「レゴ インディージョーンズ」のテレビゲームが発売される。
2009年:「レゴ パイレーツ」が復活する。
2010年:ディズニーとのパートナーシップを再開 「トイストーリー」「カーズ」などのセットが販売される。
2011年:「レゴ パイレーツオブカリビアン」シリーズが発売される。
〃      :映画4部作すべてのゲームが入った「レゴ パイレーツオブカリビアン:The Video Game」が発売される。
2012年:女の子向けの新しいテーマ「レゴ フレンズ」が登場する。
2014年:「レゴ ムービー」が公開される。
2017年:日本初のレゴランド「LEGOLAND JAPAN RESORT」がオープンする。
2019年:「レゴ ムービー2」公開予定。

まとめ

こうやって振り返るとレゴ社の歴史は波乱万丈でした。
幾多の困難にぶち当たった創業者の「子供には最高のものを」という理念が今も生き続けています。
だからこそ誕生から60年以上たった今も、レゴブロックが「創造と楽しみ」を私たちに与えてくれます。
最高の理念をもったレゴ社は今後も私たちに多くの「夢と興奮」を与え続けてくれるでしょう。
今回、レゴブ社の歴史の歴史を一緒に紐解くことでレゴをもっと好きになっていただけると幸いです。

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最後までお読みいただきありがとうございました<(_ _)>

それでは良いレゴライフを!
最後までお読みいただきありがとうございました。

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